総合機械メーカー人事職 川島 秀之 先生

【公開日】2026年1月

人事のお仕事は、「従業員一人ひとりが持っている力」を発揮し、生き生きと働くことができる環境をつくる大切な職業です。

今回のtobiraニュースは、工場・海外・ 研究所・本社という異なる場所・役割 で、人事の仕事(採用・教育研修・異 動・福利厚生・安全衛生 等)を経験。 工場がある地元高校への求人活動や採用 面接、労働組合との交渉や海外工場で現地従業員向けの研修講師も務め、「適所適材」を実現し「従業員一人ひとりが持っている力」を発揮し生き生き働くこと ができる人事を推進してきた川島先生に お話をお伺いしました!

ーこれまでのキャリアを教えてください

地元の高校で部活は硬式テニスでした。卒業後一浪して大学の法学部に進学しました。
在学中4年間は、空港内の旅行会社の支店で、海外ツアーに参加するお客様の接客アルバイトに明け暮れていました。お金が貯まると一人で海外に出かけ、1ケ月間バスだけでオーストラリアを一周したこともあります。当時のアルバイト仲間との関係は今も続いています。
大学卒業後は新卒で総合機械メーカーに入社。34年間勤務し、そのうち20年くらい人事の仕事をしました。

ー一番思い出に残っているお仕事は?

⻑く工場勤務をしていましたが、急遽本社に転勤が決まり、海外駐在員の人事を担当。その前に3年ほど海外で勤務していたので、その経験を基に「こんな制度があったら」「こんな準備をしていたら」というようなことを一つひとつ解決していきました。
まず、気候・治安・衛生面等で厳しい環境にある海外工場や建設現場に出向き、従業員や家族の声を聞きました。そして専門家や他社の人事の人にも相談し、海外駐在員とその家族が生き生きと働き安心して暮らせるよう、社内規則を変更したり新しく作ったりしました。また、赴任前の研修制度も充実させました。
勤務場所毎に状況やニーズが異なるので大変でしたが、感謝の言葉を貰った時はとても嬉しかったです。

ー小さい頃はどんな子どもでしたか?

小学校に入学する頃までは、そんなに身体が丈夫ではなく幼稚園も休みがちでした。
外で遊ぶよりも家の中で本を読んだりする方が好きで、年齢の割には色んなことを知っていたのでしょう、それを周囲の大人たちにひけらかすと “もの知り”とチヤホヤしてくれるので“天狗”になって自信過剰…、嫌な子供だったと思います。そのくせ弱虫で、電車の音が怖くて踏切が渡れない様な気が小さいところもありました。
好奇心は旺盛で、家にあるミシンや時計・ラジオ等いろんな機械を分解し(壊し?)両親を困らせていました。また、井戶端会議の横で大人同士の会話をずっと聞いていて、母から「どっか遊びに行ってきなさい」とよく言われていました。

ー子供時代に培って良かったと思える能力・習慣はありますか?

自ら培ったものかどうかは分かりませんが、何に対しても興味や好奇心を持つことは、素敵で大切なことだと思っています。
日頃から偏りなく色んな事柄に広く目を向けていると、それまで全く共通点も関係も無いように思っていたこと同士が突然結びつき、思わぬアイデアを生み出すことがあります。
人とのお付き合いも同様で、あまりひと見知りせず、選り好み無く色んな人と接していると、全く違う分野の方から思わぬヒントを頂くことがあります。
研究所で人事の仕事をしていた時は、日頃あまり接点のない研究者に囲まれて沢山の刺激を受けました。昨今“多様性”という言葉がよく聞かれますが、こういうところにもその重要性があるのではな いでしょうか。

ー思い出に残る担任の先生とのエピソード

小学校に入学してすぐの頃、私が給食をこぼしてしまい、それを周りの子たちが片付けてくれたにもかかわらず、私はそれを黙って見ているだけで、お礼も言いませんでした。
担任の先生から「もっと思いやりのある子になりなさい」と叱られました。この出来事は私のその後の人生を変えたように思います。
また、小学3・4年生の担任はとても個性的でした。ほとんど教科書は使わず先生自作のプリントで進められるような授業で、理科は実験や観察が中心。先生が好きな本を集めた“文庫”が教室内にあり、一人ひとりの個性や得意なことを大切にしてくれる方でした。
当時私は“ヘチマの観察絵日記”を付けていたのですが、それを凄く褒めて下さったことを今でも記憶しています

ー子どもの頃に担当してくれた学校の先生へ。今、伝えたいこと

上述のエピソードに書いたお二人の先生には心から感謝しています。その後の私の人生を変えた人と言っても過言ではありません。
小学1年の担任の先生に「思いやりの心を持ちなさい」「相手の立場に立って考えなさい」と叱られた時の情景は今も鮮明に覚えています。仮に、あの“事件”が起こらず自信過剰のまま成⻑していたら、その後の私は随分苦労することになったと思います。
小学3年・4年の担任の先生からは「一人ひとりの個性を大事にする」「型に嵌まらず自分が信じたやり方を貫く」ことの大切さを学びました。
その頃の時代背景を考えると、当時先生は随分苦労されたのではないかと思いますが、今も人事という仕事をする上で大変役に立っています。